日本の報道について思うこと

先程の記事で、産経が一番みたいなことを書いたのだが、その理由を含めて、日本の報道に思っている事がある。

 

読売、朝日、日経、毎日、産経・・・・

 

産経が一番良いのかと言われれば、色んな意見があると思うが、

議論しなければならないのは、日本の報道の特殊な事情である。

 

1.多くの新聞社は、日本記者クラブの影響を受けている。

 

日本記者クラブは、戦後GHQが作った報道の安定を図る一時的な対策だった。それが、70年以上たってまだ残っている。GHQは、アメリカに批判的な報道をさせないために、日本の国家vs弱き日本国民の構図を作り、統治の基礎を築いたと言われる。そのGHQ占領政策に乗ったのが、共同、朝日、毎日である。言ってしまえば、アメリカの手先だ。

朝日は、学園闘争の頃には、日本に多くの問題があったので、報道機関として第一線で活躍された功績があるが、日本がここまで裕福になった21世紀には時代遅れと思っている。(あくまで私の一意見)

 

GHQ占領政策のころ、憲法も、マスメディアも、教育も、アメリカの意向が強く入った。そろそろ、独立国家として戦後を脱する時期に来ている。

 

2.民権による政治の実現

 

そして何より大事なのは、民権より国権が先にあるのを改善しなければならないということだ。日本では地方紙より全国紙という風潮があるが、アメリカでは、全国紙という概念がない。すべて地方紙(ブロック紙というべき?)である。地方紙が、地方のために報道をしていて、州によってかなり色が違う。

地方が集まって国家だから、地方が自由に報道すべきなのにも関わらず、

日本ではなぜか国家が優先で地方は換えの効く歯車のようになっている。

 

地方より中央優先では、民権はいつ国を突き動かすのだろうか。

 

国家に迎合せず、本当に国の未来を明るくしようと思って取り組むなら、

自分達が信じる道を行き、必要が無ければ淘汰されていく、くらいの報道機関が日本に不足している。

 

以上の理由から、日本の報道機関には問題点がたくさんあるが、その中でどこが一番夢があるかな、という具合だ。

 

とは言うものの、結局のところ、人によって報道への考え方は全然違う。

自分が信じる報道の在り方を実現できるところを、自分の目で見て決めるしかない。